2015/12/16

死が教えてくれたもの

無農薬の野菜を宅配で頂いている。
それらには時々「贈り物」が付いてくる。
これまで、小松菜やレタスにくっついてきたカタツムリは、2匹ともすくすくと育ってきた。
一匹にいたっては、来月で2年目を迎える。

この前は、セロリの葉っぱに、同じような鮮やかな緑色の青虫が付いてきた。

私は蝶が好きで、機会があれば育ててみたいと思っていた。
なので、早速、その青虫とセロリの葉を虫篭に入れた。

その後、この虫ははたして何者なのか気になり始めてきた。

気になると止まらない。
早速ネットで検索をすると、この子は蝶ではなく、「コナガ」という蛾の一種であることが分かった。
農家の人々にとっては「重要害虫」だそうだ。

可愛らしいモンシロチョウをイメージしていた私は、ちょっと怖気ずいてしまった。
「害虫」と呼ばれ、しかも、見た目も可愛いというわけではない・・・

しかし、一回コミットしてしまったから、このまま、ゴミ箱というのはまずありえない。
外の庭に放ってしまうにも、心がためらう。

ふと、ケースをみると、セロリの葉をちょこちょこ食べながら、可愛らしいフンをしているではないか。その時にふと、青虫に愛おしさを感じた。

猫の時もカタツムリの時もそうだったが、食し排泄する姿を見ると、心にじわっとあたたかいものが走るのは、生きるものにとって食べることと排泄することがいかに重要なことであるか、深い本能の域で感じている生命への感嘆として、染み出でてくるものなのだろうと思う。
私は子を持ったことがないが、人間の子であっても、それは同じ感覚ではないだろうか。

しかし、成虫まで育てるか、「害虫」と呼ばれるものを成虫まで育てた暁にはどうしたらよいものか、気持ちが右往左往し定まらないなか、セロリの葉と青虫をケースに入れたまま、数日が経った。


そして、昨晩、何気なく青虫のケースをみると、黒いものが見えた。最初はセロリの葉が枯れて小さくなっているのだろうと思っていたが、
よくよく見ると、それはあの青虫の変わり果てた姿であった。

それが理解できた瞬間、私の胸はきゅうっと締め付けられ、罪悪感の波がわぁっと押し寄せた。


地球上に生まれてきた命に無駄なものはなく、それぞれが各々の役目を背負い、生命の輪の中で意味のある存在として生きているという。


このコナガを誰が「害虫」としたか。
それは人間の都合であり、自然界ではその様な存在ではなく、むしろ彼らは、その生命の営みの中で大切な一部であるのだろうと思う。

またこの「害」という認識について、見る立ち位置でも異なってくるだろう。
見方を変えれば、自然にとって、人間の存在そのものが「害」となっているということもありうる。
ニワトリや豚、牛からみれば、人はどのような存在だろうか・・


見た目の美しさ、そういった基準も、人間と自然の間ではかなりの乖離があり、
可愛いとかそうでないといったものの見方は、私自身の美意識による偏った見方=「偏見」そのものである。

これら偏見が、もしかしたら、この子の命をうばったのかもしれない、という強い罪悪感と羞恥心が、私の身体を貫いたように感じた。


そこで、ふと考えた。
今はネット検索で様々なことを調べられるが、
知らないでよいことは、あえて知らないでいた方が、もしかしたらうまくいくこともあるのではないだろうか。
正体を知らないでいれば、このセロリの葉についてきた青虫がどのような成虫になるのか、楽しみながら一緒に暮らせることも可能であったかもしれない。

人が「知ること」については、気になる報道もある。

昨今、出生前診断の話題が盛んに取り上げられてきているが、
あるニュースでは「染色体異常の疑いがある陽性と判定され、113人が羊水検査などで確定。うち97%に当たる110人が人工妊娠中絶を選んだ」とあった。(http://news.yahoo.co.jp/pickup/6121243)
この問題については様々な議論があり、私の知識自体が浅くて深くは語れない。
ただ、人の倫理としてどうなのだろうとか、命の選別になりはしないかなどと、思うところは沢山ある。

人の知識欲がいかに強いか、そしてそれが、人の行動や選択に様々なエフェクトを及ぼしている。
それが良いことなのか、どうなのか、私にはわからない。
だが、青虫については、知らない方が良かったと思う。

人は希望を持てば、その方向に自らを導く力がある。

「予言の自己成就」とも呼ばれる心理現象だが、思ったように物事が進むというのは、良くも悪くも、自分の心が方向を決めて、行動に影響を及ぼしているということがある。

私は、青虫の「接し方」や「育て方」を、「害虫」というネガティブなワードと、自ら調べて知り得た情報に基づき自分の内なる偏見を賦活化させて、無意識のうちに決めていたともいえる。
それは、わが愛猫やカタツムリたちとは、見えにくいが異質のものであっただろう。
結果的に、ひとつの命の消失を導いてしまったと言わざるを得ない。

ここでも、「環境が合わなかったから」とか、「季節がわるかったのだ」などと、自分の中で自己弁護の言葉が生まれる。傷つきをガードしようとする一種の心的防衛機制であると思うが、
罪悪感と消失感が、それも空しくかき消していく。心に嘘はつけない。


心の中で、何度も合掌した。そして「ごめんね」と謝罪した。


知りすぎることの弊害と、無意識化に蠢き存在する、自分の中のおぞましい「偏見」・・
これらが行動を抑制しコントロールまでしているということの恐ろしさを、この小さな命は教えてくれた。

これがもし、国レベルで起こっておこったら、どうだろう。
過去、ヒトラーが行った大虐殺は、その最たるものではなかったか。

今の我が国では、人間として生きる権利が、国民にしっかりと担保されているのだろうか。
それは今後、崩壊するということは決して無いと言えるのだろうか。


かつて「偏見」について学んだこともあったが、それが生かされていないことに改めて気づく。

偏見、言い換えればステレオタイプとは、人に当然のごとく存在するものだし、この情報化社会において、情報の取捨選択や、状況を瞬時に把握する為には必要な「知識」ともいえる。

大切なのは、自分がどのような「偏見」を持っているかということに気づき、常に俯瞰的であるということ。
その存在と質に自覚的であれば、時に感情に突き動かされそうになった時も、
一呼吸おいて立ち止り、判断や行動を客観的に見つめ、少し冷静に対処できるのではないだろうか。

テレビ、新聞、街に溢れる広告やヴィジュアル・・様々なメディアで流される情報も、
人に偏見を形成し、活性化させる要素を多いに持つ。
こうした力が我々の潜在化で作用しているということも、ある程度理解しておかねばならない。
「批判的な態度で物事を見る」大切さが言われる所以は、人の心がいかに脆く操作されやすいかということにあるのだろう。


あの美しい青虫が再確認させてくれたことは、
表面的な知識や感情で判断するのではなく、心の奥深いところで感じ、見ることの大切さ。

最初に出合った時の喜びと、命への賛歌を忘れずに、
そして、この地上に生きている命は、猫であっても人であっても、青虫であっても、
全て「同じ命」であるということを、
文字通り、命を通して、教えてくれた。


私は、野菜についてきたカタツムリたちを、いつも「幸運の使者」と呼んできたが、

今後の人生において、大切な気づきをくれたこの青虫も、
私にとっては「幸運の使者」そのものであった。


ありがとう。






















2015/10/23

映画『マチルダ』

映画『マチルダ』
何気なく目にした1996年のアメリカ映画だが、見終わった後に、どうもひっかかるものがあり、
まるで喉の奥に小骨がささっているかのようである。

マチルダというリボンの似合う、可愛らしい少女が主人公。

赤ん坊は、その生まれ落ちる家庭や家族、環境を決して選べないが、
そうだとわかっていても、マチルダは特に不運な子だった。

家庭は俗にいうB層の貧困家庭。学がなく反知性的、享楽的で拝金主義。

ネグレクトに暴力、暴言・・・マチルダへの両親や兄の態度は、非道な虐待そのものであった。

一方でマチルダは、トンビがタカを産んだというのはこのことで、
赤ん坊の頃からとびぬけた才能を発し(両親は気づかない)
抜群の知性を持ち(ここでも両親は無関心)、
6歳にして図書館に足げく通い(両親はやはり気づかない)、ありとあらゆる本を読みあさり、
スポンジが水分を吸収するかのように、様々な知識を得て、
その才能に磨きをかけていった。


印象深かったのは、この映画に出てくる、家族の「文化」の低俗さ。
象徴的なのは父親のステレオタイプにまみれた、稚拙な差別的発言。

父親がマチルダの本を取り上げ「こんなものを読むんじゃない」と怒鳴りつける。
それをマチルダが拒否すると、

「子供は悪 大人が善、子供は間違い、大人が正しい」と平然と言い放つ。

そして本を奪い取り、放り投げる。これは立派な虐待行為だ。
普通の子であれば、いっぺんに恐怖を植付けられ心理的ダメージを与えられる。
これを繰り返されれば、本を読む気力も起きぬことだろう。
禁止されればなおのこと。子供にとって、どんな親でも、親は「絶対の存在」なのだから・・・

母親の態度も底抜けに悪い。学校から帰ってきたマチルダに対しての無関心。
マチルダが一生懸命、学校での出来事を話しても、聞く耳も持たず、
受話器片手に、もう一方の手は片方の耳をふさぎ、
友人とエステや豊胸手術の話で盛り上がり、完全無視をきめこんでいる。
マチルダが「なんで話をきいてくれないの」と聞くと、「重要な話をしてるのよ!」と突っ返す。
「自分が学校どうだった?と聞いてきたんじゃない」ともっともなことを言い返すと、
ばつが悪そうに「それは社交辞令でいったのよ」などと子供に言う・・・

これも子供の人権を無視した、卑劣な虐待行為だと、私は思う。

この家庭での、食事の質や行儀の悪さ、いい加減さも目に余る。
こういう家庭では、普通の子であれば常に栄養失調状態であり、
大切な発育期に重要な栄養素も欠け、しいては子供の知能や性格、健康面、その後の将来にも悪影響を及ぼす可能性があるであろう。
恐らく、朝食や夕食を家族そろって食べ、談笑しながら団らんをするという慣習もないだろうから、
家族間の意思疎通も希薄なものとなり、その様な場で培われる子供の情緒やコミュニケーション能力も貧弱なものになるだろう。

極めつけは「テレビ」の場面だった。

父親、母親、兄はよってたかってのテレビ好き。
B層の好みそうな下劣なお笑い番組を見て、添加物盛り盛りの菓子やジュースを飲食しながら、下品な笑い声をあげている。
その傍らで、ソファにちょこんと座り、静かに本を読むマチルダに、父親は「そんなくだらんものばかりよむんじゃない」と本を取り上げ、自分たちと同じように下品なテレビ番組を見ることを強いる。

マチルダが「そんなものばかりみていると馬鹿になるわよ」とさらりと悟し、頑なに拒否すると、
「家族ならお前も見ろ!」と小さな女の子の顔をむんずとつかみ、両手で固定し、強制的にテレビを見させた。

賢いマチルダは、学の低い粗野な両親や兄にとって、自分たちの貧弱な知性を顕在化し、その事実を否応なしに確認させる憎き存在。イコール、自分たちの存在を脅かす「脅威」そのものなのである。

反知性主義的享楽に溺れる集団の、時に顕著となる仲間意識は、同じ行動を共にすることで強化される。
同じような服を着(ファッションセンス)、メイクをし、言葉を使い、時に逸脱行為をするのは、お互いが同じ「仲間」=いつメン(いつものメンバー)であることを確認し、互いを安心させる。
だから、両親と兄は自分たちの保身と安心感のためにも、
「家族」としてマチルダには強制してでもテレビをみさせる必要があった。
ひるがえって、家族の歪んだ愛の表現だったのかもしれない。

しかし、嫌だということを無理やり強制させるのも、私は子供の人権を無視した虐待行為だと思う。


こういったマチルダへの憎悪と虐待行為を促す原因となっている、両親たちのコンプレックスが垣間見れたシーンがあった。

マチルダを心配し家庭訪問してきたハニー先生。美しく聡明な女性の教師である。
ここでも、両親はおかまいなしに、スポーツ観戦のためテレビに釘付け。
それでも、大切なマチルダのことだから・と面談を要求する先生に対し、
「テレビを消すと女房の機嫌が悪くなるぜ」といいながら、しぶしぶテレビを消す夫。

夫の言う通り、すっかり機嫌を損ねた妻は、ハニー先生にこう言い捨てる。
「大学を出ているからって、偉そうにするんじゃない」

そして、「インテリさん、あんたより私のほうが幸せだ。こうして美貌を手にし、金持ちと結婚している。あんたはただしけた子供の相手をしているだけ」だと言い放った。
しかしこれこそが、この両親の秘めているコンプレックスであり、それが源泉となって生まれる視野狭窄的ステレオタイプの発想、表現そのものだと感じた。

学の無い自分・・いや、もしかしたら、彼らの両親もまた同じで、そのうえ貧困家庭でもあり、学べる環境が備わっていなかったのかもしれない。
親の学力の低さや貧困状況は、往々にして連鎖するという。
その家族特有の「文化」もそうだ。言葉使いや思想、癖、食事の好み・・こういったものが文化として、家族で代々受け継がれていく。
両親が太っており、子供も同じく肥満体型なのは、遺伝というよりも、食生活に原因があると聞いたことがある。
それは時に深層意識にまで到達するような、刻印(スティグマ)として・・・

若い頃は知性や学問などそんなものに頼らなくとも、気合と勢いで生きてこれたかもしれないが、ミドル世代に突入し、気合と勢いだけではどうにもならない現実を、まじまじと見せつけられる。
そういう苛立ちや不安、恐怖感といったものが、自分達よりひ弱で無力な子供たちに、虐待という形で向けられるのではなかろうか。



これは子供向けの映画であるから、天才少女であり超能力をも備えたマチルダは、幾多の困難も乗り切っていく。

しかし、現実は、そうはいかない。
私は、このような劣悪極まりない家庭や環境に身をゆだねるしかない、多くの不幸な子供たちのことを考えずにはいられなかった。
現実には超能力も、魔法もないのだから・・

しかし、唯一救いだったのは、良識と愛の備わった先生の存在だった。

現実にも、ハニー先生の様な存在に、救われる子供たちは沢山いるだろう。


テレビの場面で思い出したことは、私も両親がテレビを見て大声でゲラゲラ笑うその姿が、心底いやだったということだ。
「そんなものばかりみてたら頭が腐る」と吐き捨てたこともある。

テレビのおかげで、家族の会話もあまりなかったように思う。
皆、一様に画面に向いて、お互いの顔も見ず、話などしなかったからだ。
テレビ以外にも、テレビゲームについても同様の憎い思いがある。
だから、私は今でもテレビとテレビゲームは好きではない。
人間が、魂と魂を触れ合う機会を、これらは奪うものだと、今でも考えている。
(これに関しゲーム好きの人が反論するには、ゲームを通して互いのコミュニケーションをとっているのだというが・・)


冒頭の「ひっかかり」は、この幼少期に感じた家族の違和感、
深層意識に置き去りにされたその頃の憤りや悲しみのようなもの、だったのかもしれない。
マチルダが、テレビを念力で破壊したときは、おもわず微笑んでしまったが、
幼いころの私も、同じことをしたかったのだろうと思う。

1996年に放映されたこの映画も、
既に到来していた拝金主義・テレビ信仰時代のアンチテーゼだったのかもしれないと思うと、
子供向けとはいえ、なかなか深い作品だったと思うのである。


そして何より、子供にとって親は唯一無二の存在であり、絶対なのだということだ。
どんな親でも、子供はかばうのだ。それが虐待する親であっても・・

マチルダの様に天才でなくても、超能力がなくても、
その家庭の低俗な文化に溺れることなく、人知れず知性を磨き、知力を備えておけば、
いつか、そこから脱出し、飛び立つ時がやって来たとき、
それらの力が自分を助けてくれるものだ。


とくに、今、この国に蔓延る、反知性主義的、野蛮な空気に対し、
「知は力なり」と強く思うのである。

















2015/08/22

あのころHR/HMが青春だった 2

HR/HMを聞いていた頃はてっきり、自分は中学生だと思っていたが、
デフ・レパードの最高傑作『Hysteria』が出たときは1987年だから、
わたしは小学生だった!(『Hysteria』はカセットテープで購入した!)
よく、このアルバムにノックアウトされたなぁ・・と、自分のマセガキぶりに驚く。

誰に教わったのでもないが、深夜の音楽番組「PURE ROCK」に大いに影響を受けていた。

当然、同年代の友達は興味など示さず、
私は一人、孤独に、アルバムを聴きながら悦に浸る日々だった。

へヴィメタルはものすごく細分化されていて、出身地域によって分類されていたけど、
一番好きだったDOKKENはLAメタルという部類に入っていた。
それ以外は、あまりアメリカ勢のメタルは聞いておらず(当時は全く気にしていなかったけど)、ヨーロッパなどの北欧メタルや、デフ・レパードなどのブリティッシュメタル(NWOBHMなどとも言われていた)という、メロディックでドラマチックな曲の多いバンドを好んでいた。

ヨーロッパは「ファイナルカウントダウン」という曲が有名だけど、一番好きだったのは「Superstitious」だった。「Open your heart」も至極の一曲。
ボーカルのジョーイは、イメージも声も変わらず、すごくいい歳の取り方をしている。今年の1月に来日していたと後で知って、ショックを受けた・・・

ちょっと変わったところでは、ボーナムというバンドがあった。
あのジョン・ボーナムの息子のジェイソン・ボーナムは率いていたバンドだった。「Wait for you」「Guilty」など今聞いても色あせていない。
当時小学生の私は音楽の知識が乏しく、彼らの楽曲がレッド・ツェッペリンのそれと非常に似ているということに気づくよしもなかった。
ブルージーかつエッジが聞いていて、濃厚。二番ぜんじと取るかどうかは別として、今聞いても普通にかっこいいと思う。ドラムが深くていい音。

D・A・Dというデンマークのバンドもあった。当時のPVでは綺麗目なお兄さんがネクタイを締めて、ハスキーな濁声で歌っているのが印象的だった。「Sleeping my day away」は、いまでもクールなリフで、グッとくる。
2弦ベースで、奇抜なパフォーマンスというのも印象的だった。今でも現役とのこと。

ピンククリーム69というバンドも大好きだった。部活の合宿へ行くバスの中で、ウォークマンで聞いていたのが懐かしい。ヴォーカルのイケメン、アンディ・デリスがのちにハロウィンに入ったと後で知って、驚いた。月を見ると今でも「Talk to the moon」という曲を思い出す。
「Ballerina」は情景が浮かぶような、胸に迫る、とっても良いバラード曲だった。


クイーンズライチは、その楽曲が抒情詩的でスケールが大きいから、てっきり北欧系かと思っていたが、ワシントン州出身だった。アルバム『Operation:Mindcrime』は名盤だと思う。コンセプトアルバムとしては完ぺきだった。
当時の私はパートの誰が好き(かっこいい)とかいう好みが必ずあったが(子供だった・・)、そういう理由なしに、アルバム単位で聞いていた唯一のバンドだった。

ファイヤーハウスも好きだった。これもアメリカ出身のバンドだった。「All she wrote」という曲がよかった。
スキッド・ロウも当然聞いた。セバスチャン・バックのインパクトはものすごかったけど、それより、ベースのレイチェルの鼻ピアスが気になってしょうがなかった。「Youth gone wild」に衝撃を受け、
「18 and life」に涙した。

HR/HMの思い出話は尽きません・・。

あと、懐かしい面々が、今でも現役で頑張っている姿をみて、しみじみ思うのは、
「太ってはいけませんね~」ということ。
80年代に活躍したロックスターは今では皆さま、50代も半ばを迎えている。
今でも素敵に輝いている人は、あの頃のスマートでクールな印象にプラスして、「齢」というスパイスが、いっそう魅力を引き立たせている。そんな姿に自分を戒めつつ、励ましをもらう。


当時を振りかえると、輸入盤を買う方が安価だったので、せっせとそちらを買っていたのだが、歌詞の翻訳が無いので、辞書を片手に、一生懸命和訳していた。このおかげで、英語はその後もずっと好きな教科だった(話せないが・・・)。
高校2年生の頃に、初めてギターを手にするのだが、その後いろいろとあって、リッケンバッカーを購入し、ベース弾きとなった。それからギターのテクニックや美しい旋律よりも、ベースの重低音のほうに意識が集中するようになった。
けっしてうまくはないが、耳コピは何となく、今でもできる。
そして時々、様々な思いを重ねながら、弾く。

No Music,No Life。

絵を描く時など、絶対に欠かせない、
音楽はあの心地よい時代、または精神世界への「鍵」であり「媚薬」である。






2015/08/20

あのころ、HR/HMが青春だった 1

HR/HM

ハードロックとへヴィメタルの略称である。

当時、私はまだ中学生だった。
(これらの音楽をダイレクトに聞いていた人達は、もっと年上世代だと思う)
毎月首を長くして待ちわびた、BURRN! をバイブルに、それら音楽をまさぐるようにして聞きまくっていた。
親の心配をよそ眼に・・・

今現在、HR/HMの話やBURRN! が愛読書だと話すと、たいてい失笑される。
なぜだ?

なぜか?

そこに、ある種の誤解と偏見があるからだ。


まず、「ヘビメタ」と、失笑する彼らは言うが、そこから間違っているのだ。

「ヘビメタ」ではない。

「へヴィメタル」なのだ。

そして彼らのイメージするところの「ヘビメタ」は、ギンぎら、お化粧、革パンぱっつりなのだ。
(他に「ドラック・酒・女」というイメージは多少あるともいえるが、これもメディアに植付けられたイメージだと思う。
一方で、「血や肉」と表現する人もいるが、これはまた、別のジャンル・・)

それも大いなる偏見であり、それにより、代表性ヒューリスティックとバイアスのせいで、「耳に詰め物」をしてしまった状態であるから、まずそれ以上聞こうとしないし、知ろうともしない、固着した思考に陥ってしまう。
音楽なのだから、ぜひ、聞いてほしいのだけれど・・それも叶いそうにないとは、なんともさみしいことだ。


ハードロック・へヴィメタル、そこには、ただ熱いだけではなく、70年代の息吹も感じる、儚い美しさと共に、奥深い世界が広がっていることを、彼らは知らない・・・

(ちなみに私が好んだものは、下記でも分かるように、北欧系や様式美系と言われたものが多い。デスメタルやスラッシュメタル、玄人オジサン系・・はあまり好まなかった、というか興味がわかなかった・・)


当時、私が13歳くらいだとすると、当時のアーティストたちは24、5歳、あるいは30歳前後か。
彼らはその青春時代、あのウッドストックフェスティバルを筆頭に、
ツェッペリン、ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、CCR、クリーム、ジェファーソン・エアプレイン、そしてドアーズなど、至極のアーティスト勢が名を連ねる音楽シーンを、直に魂に焼き付けた青春時代を送ってきた人たちだろう。

当時私は、HR/HMのバンドマンがこぞって長髪で、スリムな体にベルボトムないし革パンであるということが、単にヴィジュアル的にかっこいいからそうしているのだろう・・と思っていたが、
後になって、70年代も通ってみると、彼らは例えば、あのツェッペリンのセクシーなロバート・プラントを真似ていたんだな、と思ったりもした。

私の聞いていたHR/HMのアルバムには、そうした音楽的ルーツを感じさせるテイストも感じたし、TESLAの「アコースティック5ジャム」に入っていた「We Can Work It Out」が、ビートルズを聞いてみようと思うきっかけでもあった。


私の青春時代ともいえる「HR/HM」の記憶。
長らく自分の中で封印してきたものが、堰を切ったようにぶわっと出てきた理由・・

それは最近見たトム・クルーズ出演の【ロック オブ エイジス】を見てしまったからだった・・

ミュージカル仕様ということもあり、最初から最後まで、懐かしの80年代ハードロックで埋め尽くされる楽しい時間を、ひとり、刻々と過ごすうち、

{・・やっぱり、いいじゃん!いいものは、いいよね}という気持ちに、落ち着いた。


あの頃、特に好きだったのは、ドッケン。(特にボーカルのドン・ドッケンがお気に入り)
ホラー映画好きの私にとっては、「エルム街の悪夢3」の主題歌「ドリーム ウォーリアーズ」はもちろん、「アローン アゲイン」は今でも泣く。アルバムはすべて好き、でライブにも行った。
(当時、止む無く母親にチケットを取ってもらうことになった時、変な名前ね・・と言われた覚えがある。)

テスラは初めてライブに行ったバンド。NHKホールだった。当時、深夜の「ピュアロック」でひっきりなしにかかっていたPV「No Way Out」でやられてしまった。「Love Song」は本当に良い曲。

ウィンガーは、ボーカルのキップのダンスが派手で、ベース弾いているのかな?と疑問視しながらも、ぐっとくる曲が多くてお気に入りだった。ギターのレブ・ビーチが好きだった(子供なのにイケメンに目がなかった・・)これもPV「セブンティーン」にやられてしまった。

モトリークルーはいささか、恰好とパフォーマンスが奇抜すぎて、中学生の私としてはアレだった(怖かった)のだけども、「Home sweet home」は今でも名曲中の名曲と思っている。
それはシンデレラの「Don't know what you got」や、ポイズンの「Every rose has its thorn」も同様で、今でもバラードの王道として、自分の心の中に君臨している。

スキッド・ロウやイナフズナフ、ウォレントといった、若くてきれい?なお兄さん達が多いバンドも好きだった。(もちろん楽曲も)

他にTNTといった北欧系の良いバンドもあり、「Intuition」「Tonight I'm Falling」などで私も「落ちた」のだった。ハイトーンボイスが本当に素晴らしかった。

ハイトーンボイスと言えば、スティールハートというバンドも忘れられない。「She's Gone」は言葉もないほど、素晴らしいの一言。今でも胸にぐっとくる。このバンドはライブにも行けた。


そしてデフ・レパード。
アルバム「Hysteria」を聞いた時の衝撃が、今でも忘れられない。
「Woman」は、まだ子供だった私にとっては、だいぶセクシーな歌だったように思う。だけどしょっぱなこの曲で、やられてしまった。「Suger on me」は今でも心躍る。そして「Armageddon It」のアルマゲドンの意味を知るのは、もっと先のことであった・・

当時、ドラムのリック・アレンの、片腕を失うという不幸にあいながらも懸命にドラムを打つ姿や、あどけなさが残る可愛らしい笑顔に、ハートを射抜かれたのだった。
そして、ギターのスティーブ・クラークの死・・・・
当時、布団の中で、ひそかに泣いたのを思い出す。

デフ・レパードは本当に良い曲が多いだけれど、「Love Bites」「Bringin' on the heartbreak」は特に好きな曲だ。

そして、2015年11月の来日を知り、さらに興奮した。
念願のライブが見れる!
速効でチケットを取ったのだった。
(私がライブに行っていた80年代当時とはだいぶ料金がかわったな、と思いながら・・)


80年代のあのブームから、生き残っているバンドは正直多くないと思う。
そして、あの「美しさ」をキープしながら、重鎮として残るのは本当に努力のいることだ。

最近のライブ映像を見ると、デフ・レパードの皆さまは、今でも素敵な姿で(スリムであるということは大事ですね!)、
もちろん音楽のクオリティも下げることなく、むしろ、歳を重ねたことによる安定感が、さらに楽曲に重厚感を与えているように思えた。
私のお気に入りのリックとサブも、素敵に歳を重ねている・・。バンドでベースを弾いてきた者としては、かっこいいサブのパフォーマンスも物凄く、楽しみであります。

そして、11月に生の姿が見れると思うと、今から興奮し、当時私の心を鷲掴みにしたあのアルバムたちを、もう一度聴き込んでいかなければと、いまから鼻息が荒くなるのだった。

(長くなりそうなので、このお話は、また今度に・・)





















2015/03/10

つぶやき。

他人と過去は     変えられない

でも  自分と未来は         変えられる



THE HOBBIT Thranduil 3

the hobbit     thranduil
2月17日 PIXIV投稿
【Thranduil】  ペン、点描画