2011/03/29

現実は刻々と変化している

今まで無関心であったこと。
湯水のように電気を使い、今も依存せざるを得ないことを悲しく思う。

今、まさに歴史の中に私達は佇んでいる。

一番怖いのは「無関心」だ。
すでにテレビは通常にシフトし、何事も無かったかのような番組も流れている。
そうして、また人々は忘れて行くのだろうか。

しかし、今は過去ではなく、現実そのものなのだ。
今この現実がずっと連続している。
そして、事態は刻々と変化している。
どうか、平和な生活が、子供たちに未来ある明日が戻ってきて欲しいと思う。

「無関心」でも「喉元すぎれば熱さを忘れる」でも良くない。
また「過剰反応」でも「敏感」でも「無知」でもいけない。

私達は難しいバランスの中に立たされているが、
今は理性と本能とを上手に組ませて双方の言い分に耳を傾けつつ、
刻々と変化する現実を静かに、細かく見極めて行くことが必要だと思う。

2011/03/26

多角形情報選

高校生の頃はブルーハーツが流行っていた。
私は彼らの歌の中でも何故か、「チェルノブイリ」を気に入っていた。

1986年に起こったチェルノブイリ原発事故もおぼろげだが覚えている。
小学生ながら噂に翻弄され「雨は恐いな」と恐怖心を抱いた気がする。


今もしかしたらとんでもない事が起こっているのではないかと固唾をのんでいる。
民報では軒並み報道が少なくなったので、
ネットなども活用し、他の情報を進んで得ている。
新聞も雑誌、できれば書籍も可能な限り読むようにしている。
あらゆる方角からあらゆる情報を私は欲している。
 それはやはり、歴史的な大惨事の傍観者ではいられないからだ。
自虐的だが進んで恐怖しているようにも感じるし、
様々な情報に翻弄され、疲弊もする。
しかし、本当に怖いのはこれら今起こっている事に無関心である事だと思う。
だから私はあらゆるメディアに釘付けで絵がとてもじゃないけど描けません・・・・・

また根本的に、マズローの欲求段階説を思い出すが、
衣食住と身の安全が確保されているのが前提条件で、欲求の最上階にあるのが自己実現なわけで、とてもそれどころでなくなってしまっているのは、
自分自身が本能的に危機を感じているのではないかとさえ思えてくる。
その不安を解消するために、私は正確な情報を欲してやまないのかもしれない。

今日は初めてホットスポットと「晩発障害」という言葉を初めて知った。
とくに後者の言葉の意味を知ると、
「直ちに影響が無い」という言葉がどういう含みを持っているかが垣間見れてしまう。

でも一方で核実験の多かった1970年代、
その頃の大気中にはかなりの放射能が漂っていたのでは・という意見も聞いた。
そしてその中で私は産まれ空気を吸いミルクを飲み野菜を食べて育ってきた。
と思うと、何となく、そうだよねえ・・・・・・と納得してしまった。

とにかく幽霊にしても、放射能にしても、幸か不幸か高いイマジネーションを持つ人間にとって
目に見えないものと言うのは、100倍にも1000倍にも恐怖感が増大してしまう。
今は「空想」よりも的確で早い情報、そちらのほうが優先させ、
その高いイメージ能力を活用する事が大事だと思う。

2011/03/22

私の頭では想像できない

辛い思いや悲しみはためておかずに吐露してしまうのが良いという。
できることなら、それをしっかりと受け止めてくれる相手が存在するといい。

毎日毎時の報道で胸がつまり、書かずにはいられない。
吐露する相手のいない私には書くことしか手立てがない。

手塩にかけて育てた野菜を捨てるのは断腸の思い・・・
大切に育ててきた家畜を置いて避難してきている・・・

こんな素朴で自然で大事な営みをしてきた人々にいったい何の罪があるというのだろう。

見えない悪魔に追い立てられて、想像を絶する思いで避難してきた人達、
それでも留まっている人達、留まる事しかできない人達の事を思うと、
スーパーなどでみかける一連の人々の行動は本当に悲しく思う。

何も出来ないし、何が出来るかも解らない。
募金をできるだけして、質素な暮らしでいることしかできない。
日々の報道の中には不透明な部分も多く、
今はネット等他のメディアで解消できるが、
背筋の凍る情報も多い。

となりで愛猫がニャアとなき、パソコンに両手を乗せて鼻で挨拶をしてきた。
今は彼女たちが私の精神の手綱だ。

2011/03/21

知ろうとすること

深夜の番組。
福島県が原子力と歩んできた経緯のドキュメントを短く放映していました。
素朴で人柄のよさそうな町の人々、お年寄りが出てきて、
インタビューに答えている。
原子力発電のおかげて雇用が生まれ、財政も潤った。
当時町の人の4分の1が、原子力発電従事者だったという。
バスで仕事に向かう姿が映し出される。
安全だと信じてこれまで歩んできたのに・・
現在被災された方々の声が胸に突き刺さる。

東京のバブル期の都心の映像がながれた。
まるで宝石をちりばめたかのような煌びやかな町。
眩しすぎる程のネオンや灯りは今もそんなに変わっていない気がする。
東京はその電力の殆どを東北などの原子力発電からまかなっているという。
福島の原発が人々の犠牲と共に生み続けてきた電力も、
私達東京に住む者たちの為のものだった。

今この状況に私は憤りを常に感じている。
今まで知ろうとしなかった自分に、そして事実や真実を知らない人もまだ大勢いるだろう。
 結局、大事な事は報道されないまま、
時が絶ち、また私達は元の闇の中にもどってしまうのではないだろうか。
それではいけない気がするし、この国にとっても危険だと思う。

気付けば見えてくる。見ようとすれば、どんどんと見えてくるものだ。
私が今まで何も考えずに湯水のように使ってきた電力。
それが何なのか自分の中ではっきりとしてきた以上は、
停電になってももう文句など微塵も言う気はないし、
小さな灯りの中で暮らすのも、私にとってはむしろその方が精神衛生上に良い。
心配なのは夏場だが、その対策も今のうちに情報を入手し知恵を絞ればなんとかなると思う。


宮城 仙台は私の大好きな祖母の出身地でもある。
だから震災関連の報道には常に耳を傾けている。
震災から11日たったが、テレビは通常番組が枠を取り戻してきた。
だが私の心は震災と原発に粉々にされて、日常にはもう当分戻れない気がする。
なので、本当の情報、事実、真実をあらゆるメディアから日々掘削している。
今回初めてツィッターを活用するようになった。
デマなどには注意が必要だが、
そえでも有意義な情報の宝箱の様に思う。
新聞にテレビ、ラジオ、ネット・・・・情報の選択肢はこの時代多く持っていたほうが良い。
 そして自分の判断で取捨選択していけばよいと思う。


今日は久々に雨が降り、寒さも増している。
被災地は大丈夫だろうか。
被災されている方々の健康は大丈夫だろうか。
また原発で命がけで作業されている方達は大丈夫だろうか。
無力すぎる私には何も出来ないが、
せめて節電、質素な生活、そして現実と真実を知る為のアンテナはいつまでも頭のてっぺんに立て、
知る事見る事を恐れないよう、踏ん張りたいと思う。

2011/03/19

節電の日々

私の住む町は計画停電に1度も入った事がありません。
埼玉に住む親戚は一日に2回も停電したといっていました。
それを聞くと、さらに不公平感がましたといいますか、
これはもっと節電しないと!と本当に最小限の電気で日夜頑張っています。
そして、いままでどれだけ電気を無駄使いしていたかと痛感。反省。
我が猫達には悪いのですが、
大好きなホットカーペットもしばらくお休みです。
そうしたらば、
いつのまにか仲良く?一つのベットで寝ていました・・・
 寒かったんだね。でも一緒なら温かいよね!!

絵的に、桶に入ったニ匹の猫がどんぶらこ~と漂流している様に見えてしまいます。

今回、本当に生活を見直すことができました。
そして、その奥にあるもっと重大な問題、
今までこんなにも恐ろしい原子力発電に頼りきり、
その真の姿を見ようともしなかった自分自身に
大きな一石を投じる事となりました。


早速、図書館に行って原発関係の本を読みあさっています。
そこで「被曝治療83日間の記録」という本は本当に壮絶でした。
読んでいて非常に切なく、辛かった。
被曝というけれど、ではそれはいったいどういうことなのか、
尊い二人の生と死の記録が、本当の事を語ってくれています。

今まで、何も知らず知ろうともしなかった自分が本当に情けない。
そして、今まさにその被曝覚悟で必死に作業されている方達がいます。

目先の事に混乱して買占めしている場合では無いように思います。

この先、この国はどこへ向かおうとしているのでしょうか・・
安らかな猫達の寝顔を見ながら、気が遠くなっていく感じがしています。

2011/03/13

2011.3.11

2時46分、もちこたえるかとおもいきや、どんどん酷くなる。
私の部屋の物が散乱し始め、
猫達の目が野生に戻った!

2匹でまるで申し合わせていたかのように、
一目散に押し入れの中へ・・・


その後の様子・・
怖かったね・というように、お互いに寄り添っています。

それから二日経ちましたが、
まだまだ余震が続く。
そのたびに。1人+2匹はおどおどしています。


日本は今、大変な事になっている。
地震、原発・・・
被災者の方々の事を思うと言葉が見つからない。