2010/12/31

サビ猫姉妹が教えてくれたこと

あずきが亡くなってから、
まだ霧の中をさまよっている感覚に陥ります。
年末の慌ただしい町に出ても、
その場所、その時間と自分自身の乖離を感じます。

新しい命に出会いました。
わさびと同じトーティシェルのふわふわの毛並みの子です。
これはあずきが引き合わせてくれた縁だと思い、
私達はこの子と一生生きて行く決心をしました。

トーティシェル=鼈甲柄、またの名をサビ猫といいます。
猫好きの方は良くご存じですが、
そうでないとピンとこない柄です。
私自身も、わさびと出会う前は良く解らず恥ずかしながら小さな偏見ももっていました。

ルックスや、見た目でその内容や人格までも想像し判断してしまうのは、
人間の愚かな部分であり、悲しい性だと思います。
そんな中で、サビ猫はその見た目から、
捨て猫が多く、貰い手も少ないと聞きました。
サビ猫はその殆どが女の子です。
サビ好きとしてひいき目に言えば、賢くて順応性が高いように思います。
その鼈甲と言われる柄も、光によって様々な風合いを出しとても美しいのです。

くるみと名付けたその小さな女の子は、
大変わさびと似ています。
しかし、その行動的で躊躇ない性格から、わさびより少し賢いかも・・と思っています。

縁あって我が家にはサビちゃんが2匹になりました。
なかなか魅力の伝わらない、とっても魅力的なトーティシェルの姉妹。
 少しでもトーティの子たちの持つ魅力が伝わればいいなと思います。


そしてもう一つ、
人は人を判断する時にその外見の第一印象が殆どをしめ、
その印象の良し悪しが最後まで残ってしまうとも聞いた事があります。
それはほぼ無意識の中でなされている行為なので、
自分でも気付かず、たった一目の印象で
自分の狭い価値観の枠に人を収めてしまっているのかもしれません。
それはとても残念な事に思うのです。

サビ猫はその柄で嫌厭されても、性格は他の猫ちゃんと変わらない、
可愛い子たちばかりです。
それが見た目で、生死さえも分けてしまうかもしれないというのは、
本当に悲しい事だと思います。

人に対してもそのような事が無いように・・・
トーティ姉妹が本当に大事な事を教えてくれた気がします。

2010/12/24

幻影

悲しみがこんなに深いものかと、
身をもって痛感しました。

時間が癒してくれるのをただひたすら待って、
日々のやるべき事に、今は身を委ねるしかありません。

それでも、あずきの小さな幻影はいつも私の視野の片隅に静かにたたずみ、
「あ~」と鳴いていた可愛い声が今も聞こえてくるような気がします。

悲しみと愛情と、一緒に過ごした楽しかった日々の思いが、
混沌として頭の中で渦を巻いていたものが、
時間の流れとともに、悲しみだけが蒸留され、
静かに頭の中から蒸発して行き、
愛情とその日々だけが濾過されて残っていくような気がします。
けれど、時にそれが反対のような感じもしてしまいます。
深く冷たく突き刺すような寂しさと悲しみだけが、
ずっと留まって離れないこともあるのです。

「死」というものは何なのか、
あずきは小さな体で私達に教えてくれました。
共に生きるとはどういうことなのか、
命に対して責任を持つとはどういうことなのか、
愛情を惜しみなく注ぐとはどういうことなのか、
一心不乱に守りたいと思い気持ちはどういうものなのか、

悲しみの深い闇に落ちて行くとはどういうことなのか

また、そこから這い上がる過程とはどういうものなのか


それでも、あずきは私達の元から、
本当に早すぎるぐらいに
流れ星のように一瞬で去って行ってしまったと、
その寂しさが癒えません。


あずきと出会った坂道を通る時、
街頭に照らされてヨチヨチと歩み寄ってきたあずきの幻影を、
私は心の中で見つめながら、
ただ時間の癒す力を信じるしかないのです。

2010/12/08

12/7さようなら あずき

6日夕方、ぐったりとして明らかに弱っているあずきをみて、
もう駄目かもしれないと、連れ合いと極限の緊張状態で病院へ連れて行く。

症状は「脱水症状」だった・・私のミスだ。水を飲ませる量が圧倒的にたりなかった。
もう舌を動かすのもやっとのあずきに、注射器で水やミルクを与えるのが、
正直怖かったというのもあった。
先生が背中から輸液をしてくれると、
それまでぐったりとしていたあずきが、ひょっと一瞬覚めたような顔をした。
明らかに持ち直してくれていた。
私は深い反省と罪悪感とともに、あずきのその様子に少しの安堵をもらい、
その日は帰宅した。
あずきのせなかは輸液でふくらんでいてちょっと太った様に見えた。
これで24時間は大丈夫だという。あとは私達が精一杯お水やミルクを与える事だ。
少なくとも50mlは、必ず。


7日 明日は仕事で一日開けてしまう為、母にあずきをお願いしなければならない。
その為に母と一緒にあずきのお世話の練習をするつもりだった。
母もこれまであずきを可愛がってくれ、一緒に育ててくれた。

昨日のうちに、あずきの看病のための24時間スケジュール表を作り、
きめこまかに、全身全霊で世話をするつもりだった。
必要なものももっとストックをふやして、
出来る事はなんでもやってあげようと思った。
午前はミルクを10mlなんとか飲んでくれた。
ミルクの雫が小さな口に滴ると、舌がかすかに動く。それが救いだった。

午後2時過ぎに母と二人でミルクを与えた。
相変わらずあずきはぐったりとしているが、その時は呼吸が何だかおかしい事に気付いた。
小さくぜぇぜぇといっている。
それでも水分と栄養補給はしてもらわねばならない。
小さな口にミルクを1滴、2滴・・・少しづつでも飲んでくれている。
根気よく、ゆっくりと、気長に、集中して、ミルクを与えていたその時だった。

あずきは突然痙攣のような発作を起こしたかと思うと、
大きく深呼吸をして、それから動かなくなった。
目の眼振もとまっていた。
その時は私も母も気付かなかった。
「なんだろう?」「おかしいね、あずき?あずき?」

それは静かなおとずれだった。
理解した途端に、涙がせきを切って溢れ出た。
悲しかった。寂しかった。
おつかれさま。と声をかけてやりたいが、
まだそんなに、疲れる程、生きていないではないか。
あずきは、病気で苦しむ為に産まれてきたのではないのに、
なぜ、こんなことに・・・

あずきは男の子だったから、
てっきり、5キロもこえる大きな猫になるだろう、と想像していた。
先住のわさびは気難しい猫だが、
このキュートでフレンドリーなあずきならなんとか仲良くやってくれるだろう、
実際、2匹は近づきつつあった・・
そのうち、猫団子も見れるだろうし、
「家族2+2匹」でにぎやかな毎日が、これからもずっと続くのだろうと、
勝手に想像し、楽しみにしていた。

もうそれは叶わない。
儚い夢に終わってしまった。

それよりも、更に辛いのは、あずきの一生がこんなにも、
桜が散るように儚いことだ。
彼は夏に産まれた。
しかし、殆どを寒い秋冬ですごした。
寒い思いばかりさせてしまった。
春の暖かさや、夏の爽やかさを知らないで
逝ってしまった・・・・・・

2010/12/06

アズキ闘病記2

昨夜は激しいテンカン発作も無く、丸まっていた身体が少し伸びていた。
私はこの様子を、衰弱してしまったと慌てていたが、
連れ合いはむしろ落ち着いてきたのではないか、と言ってくれた。
確かに、呼吸も安定し、短距離を走っているかのような昨夜の心臓の鼓動よりかは、
随分と穏やかな鼓動になった。
目をつむっている顔が子供の様で、大人びている様でなんとも可愛らしい。
私達は普段、まだアズキが家をかけずりまわっていた頃、アズキの寝姿を見る事はなかった。
私達が近づくと、どんなに熟睡していても、眠そうな目を一生懸命開けながら、
大きな声で鳴き、遊んでとせがむのだった。

まさか、こんな形で、アズキの寝姿を見る事になるとは・・・・・・・

今朝、アズキはまた体勢をかえていた。
腕枕をして少々丸くなっている。
多少なりとも、動く事ができるのだろうか。奇跡よ起こってくれ、と連れ合いと二人で思う。

朝は起きると、一目散にケージに行く。
アズキが呼吸をしているか、冷たくは無いか、あらゆる不安が、
アズキの温かな体温で払拭される。
不安と供に起き、アズキに触れてやっと安堵する。
そんな日々がこの先、どのくらい、続くのだろう。
続いて欲しい。何時までも。
ただ、正直、私は耐えられるだろうか。
この不安と、寂しさと、恐れと、後悔と、虚脱感と、
とにかくありとあらゆる負の感情がとぐろをまいて襲いかかる毎日に。
救いは、アズキの体温と、呼吸、鼓動。
そして、いつまでも変わらない愛らしい顔それだけだ。

時々、アズキはふぅ、とため息をつく。
目から体液のような透明な液体が漏れてきた。
ティッシュで拭っても、あふれてくる。
私はそれが、何だかアズキの涙の様に見えて、
とても切なくなってきた。
まだ、私達のそばに居たいと、言ってくれているようだった。

アズキ、ごめんよ、こんなことしかしてあげられなくて・・・

何も出来ない自分に、大きくて深い憤りを突き刺すように感じ、
いつものように、涙がとめどなく、あふれ出てきた。

アズキ9月撮影

2010/12/05

アズキの闘病記1

このアズキの闘病日記がずっと続きますように・・・・・・・


退院、3日目の朝。
昨夜は痙攣発作が酷く、身体があらぬ方向にまがったり、身体が強張ったり、
とにかくつらそうなので、
少し早かったが、抗けいれん薬を連れ合いと二人で必死に飲ませる。

アズキはもう、自力で動く事も無く、
食事も出来ない。しかし、薬だけは飲ませなければならないので、
二人でアズキを抑え、口を開け、少しずつスポイトで飲ませた。

今朝、震えも小さくなり、落ち着いた様子で安心する。
アズキが返ってきてから、夜もあまり眠れない。
次の日、冷たくなっていたらどうしようと、自分自身が冷や冷やしている。
食事もおいしく感じなくなった。
面白い事や楽しいと思われる事も、素直に反応できなくなった。
アズキを助ける為には、アズキは苦しんでいないか、
アズキ、アズキ・・・頭の中はそればかり。

9月に出会って、300グラム程の小さなアズキを、
慣れない手でミルクを必死に飲ませ、育てた。
毎日の景色が180度かわって、生き生きとした。
回虫の駆除に四苦八苦したり、ワサビとの関係に悩んだりした。

家の中をこれでもかというぐらいに走り回るアズキが、
本当に可愛かった。

これを記録している今も、涙が止まらない。

以前、「愛しのチロ」の作者、荒木氏の「チロ愛死」や、
自身の猫達との出会いや別れを独特な視点で綴った、町田 康氏の「猫にかまけて」「猫のあしあと」を読んで、号泣したが、
現実が、別れの予感や不安が、こんなにも辛く切なく、
身を引き裂かれる思いとは、想像を絶した。
自分の想像力なんて、こんな程度のものだ。

今そこにある「現実」は、本当に悲しい。
私から見える世界をまた別世界に変えてしまった。

アズキはもう自分で食事ができないので、
朝に1回ミルクを5mlなんとか流し込んだ。
時折、口を動かした事が何よりの救いだった。

ケージの中でブランケットに包まれながら、小さく震えている。
大丈夫か、アズキ?何度も何度も話しかけて、身体をさする。

随分痩せてしまった。小さな身体は骨格が分かるくらいになってしまった。
一生懸命、体重が増えたのにね。11月にはやっと1キロになったのに、
今はもう痩せていく一方だ。

出会った頃にまた戻ったように、私はミルクを溶かして、
スポイトで飲ませている。
出会った頃のように、また小さくなってしまっても、
私の愛情は変わらない。

アズキ9月撮影

アズキの入院

アズキと出会って4ヶ月あまり。
まさかこんな運命が待っているとは思わなかった・・・

入院6日後病院へ行く。
医師が言うには、抗けいれん薬を投与しないと、けいれんが始まってしまい、
それは脳にウィルスが侵入した為に起きていて、
あまり良くない状態なのだという。
細密な検査をしたが、コロナでもトキソプラズマでも無く、
ウィルスが特定できなかった。
また、治療法が無い為、これからも抗てんかん薬を内服し続ける等、
対処療法しかない。


アズキに久々に会った。
診察台のアズキは、ベタリと寝そべったまま、動かない。
しかし、餌を持ってくると、皿の中に顔をうずめて、小さくもぐもぐと口を動かしながら、
餌を食べようとしている。
ときおり、唸り声をあげているのが痛々しかった。
はっきり言えば、もう前のやんちゃで元気な面影はなかった。
しいて言えば、大きなくりくりした目がアズキそのものだった。
でもその目も、光をあてても変化が無い。見えていないらしい・・・・・・・・・・・・

アズキは夕方引き取りに行く事になったので、
連れ合いと一緒に、近くの井の頭公園を歩いた。

病院を出たとたん、緊張の糸がぷっつりと切れ、
私は号泣した。

けがれの無い純真な子猫がどうしてあんな目に合わなければならないのか、
運命を呪った。
偽りと虚構と薄汚いものに満ちた自分自身も呪った。
世界は、やはり、不公平だ。
本来ならば私のような人間が苦しむべきなのに・・・
アズキ、御免、御免、御免・・・・・・・・・・・・

連れ合いは泣かないといった。
アズキが天寿を全うするまで泣かないと誓ったという。
そうでなければ、今必死で生きようとしているアズキに対して、失礼だという。
もっともな意見だと思った。
どのような姿であれ、
アズキは懸命に生きようとしている。
それを悲しむだけというのは、輝く命そのものに対して、
なんと失礼な行為ではないか。
わたしは全力をかけてアズキを介護する決心を固めた。

幸い私の職場は住処と近い。
職場の人間の理解もある。
母が近くに住んでいるので、母も一緒に小さなアズキをミルクから育ててくれた。
母ももちろん、悲しむだろうが、協力してくれるだろう。

アズキ、辛いだろうけど、一緒に頑張ろう。

アズキ9月撮影