2010/04/25

時間

辛さと寂しさと、甘美な夢が混在しているときは、
まるで地に落ちるような目眩のなかに自分を見失います。

しかし止む事のないゆるやかな時の流れの中で、、
その苦痛の中から、甘美な幻想のみが少しずつ抽出され、 
やがてできあがるその湖の中に身を委ねれば、
その甘美な幻想の中で、
いつまでも泳ぎ続けられます。
 
どんな闇の中にいても、苦痛の中にいても、
時に「時間」が、最良の味方になってくれると信じています。
 

2010/04/21

憧れ

二十歳ぐらいの頃、バイトで憧れの女性の先輩がいました。
いつも優しくて、包容力があって、時には厳しく叱咤激励してくれて、
皆美しかったのを覚えています。

私自身が、いざその先輩方の年になって近づいて、通り越してみると、
社会性や歳相応の分別はついたものの、
心底の中心は、あの頃と何ら変わっていない事に気付きます。

多少心臓に毛が生えてきたとはいえ、
ちょっとの事でくじけたりするし、イライラしたりもします。

秘めた想いや感情も、あの頃と同じような色彩で深層に混沌と渦巻いていたりもして、
時々それに苦しんだり、悲しんだりもします。

そう思うと、あの頃憧れだった女性達も、
すごく大人で、手に届かない存在に見えていたけど、
実は同じような心模様の中で、見える部分だけ、
多少の化粧を施していただけなのかもしれません。
そして当時の私は、男性が女性へ持つものとほぼ同様の幻想を抱いて、
彼女たちを見ていただけ、なのかもしれません。

この先年をいくつ重ねて行っても、
核心は多分永遠に変わらないのだろうと思います。
だとしたら、女性はいくつになっても「女性」であり、
それが女性という生き物の背負った性なのだろうと思います。
そしてそれは、生を最後まで愛しみ楽しむ為に、
きっと必要で、良い事なのだろうと思います。

2010/04/14

DesignFesta vol.31 ブース番号決まりました

東京ビックサイトにて、5月15(土曜日)16(日曜日)に開催いたします、
デザインフェスタvol.31のブース番号が決まりました。

私、Kyonは C-0038 です。

会場は混み合いますし、ちょっと探さなければなりませんが、
お時間がありましたら、ぜひお立ち寄りください。

私も両日なるべくブースには居る予定ですので、
お気軽に、お声をお掛け下さい。

2010/04/12

夢~Dreams~

この絵は「夢」と名づけましたが、
確かにいつか見た夢の風景そのものです。

人生を旅に例えれば、特急列車に乗るよりは、
各駅停車に乗ってのんびりと旅を続けたいと思います。
たとえその終着駅が「死」だとしても、
途中下車する駅で、町で、多くの人と出会い、別れ、
沢山の思い出を紡ぎながら、ゆっくりと目的地へ向かえればよいと思います。

描かれている駅のホームに、椅子が二つあるのですが、
片方の椅子が倒れています。
自分でいうのもなんですが、どこか寂しげな感じがします。
一番上の駅のホームは、多分「終着駅」だと思います。

女の子は仮面(ペルソナ)をつけ、これから旅に出ようとしているのでしょうか。

この絵はひっくり返すと、もう一つの風景が出てきます。
いわゆる「見ざる 言わざる 聞かざる」の三猿をテーマに描かれています。
これは、この社会を生きて行く上で、とても重要な叡智だと思います。
私も幾度となく失敗を重ねて、この知恵の大切さを痛感しました。
余分な事は、「見ない 言わない 聞かない」・・・
思いやりや真心といった温もりを忘れてはいけませんが、
大切な教訓のように思います。

自身で描いた絵ながら、
時々自分を戒める為に、眺めたりもする大切な1枚です。

漆黒の闇に開く無数の花弁の中に、
やがて落ちて行くような感じがします。

もう一つ・・この絵には何人かの人物の顔が隠されています。
時間がたつと自分でも分からなくなるほどですが、
ずっと見つめていると、その人物の顔が浮かび上がってきます。
悲しくうつむいていたり、じっとこちらを見つめていたり。
それは常に自分を支配している「自我」といったところでしょうか。
それとも、知らずのうちに自分を操作している「無意識」のようなものでしょうか。

2010/04/09

Design Festa vol.31出展します

様々なアーティストの方々と出会え、
その作品を観る事が出来るインターナショナルアートイベント、
Design Festa vol.31出展します。
約8年ぶりの参加で楽しみにしております。

5月15日(土曜日)、16日(日曜日)の両日出展します。
場所はビックサイトです。

ブース番号など、またこちらのブログページで紹介いたします。
お時間がありましたら、
ぜひ遊びに来て観て下さい。

きっと素敵な出会いがあると思います!

詳しくはこちらをご覧下さい。
↓↓
Design Festa Web site

2010/04/06

良く歩く坂道の手前に、見事な桜の木があります。
川沿いにあるその木は、道を隔ててもう一本の桜の木と、
寄り添うようにして、この時期見事に花を咲かせていました。

しかし、そのもう一本の木は、病気か何かにかかっていたようで、
いつの間にか切り倒されており、
残された桜の木は寄り添う相手を失ったまま、
やや傾いたアンバランスな様子で花を咲かせていました。

連れ合いと歩いていて、その坂道に近づいた時、
「桜の木が寂しそうだ」と言います。
「切り倒された木と残されたこの木は、もしかしたら
恋人同士か、夫婦だったかもしれないよ」

見事に咲き誇る一本の桜の木が、
途端に孤独な色彩を帯びました。

確かに、恋人同士であっても夫婦であっても、
いずれはどちらかが先に逝ってしまいます。
もしかしたら、この木も連れ合いを無くして、
寂しい心を抱きながら、
それでも4月、約束通り、美しい花を咲かせて、
私たちを楽しませてくれているのかもしれません。

この時期、あらゆる場所で見事に咲いている桜の木を見ながら、
もしかしたら桜の木もいろいろで、
堂々と咲く桜の中でも、
いまいち気が乗らないなあ・とか、咲くのは面倒だなあ・とか、
そんなことを思いながらも花を咲かせている、
ちょっと欝な桜もひょっとしたらあるんじゃないか、
と思います。

2010/04/01

直線と曲線

ここ何日か、酷く落ち込む日が続きました。
絵を描く気力さえわかない・・
私にとって、絵を描く事が出来なくなることは、
一番の恐怖です。
ペンをとってものらない自分が、落ち込みに拍車をかけました。
こんなこともあるさ・・・と思って、開き直る日々です。

通勤中、まだ産まれたての太陽に照らされて、
淡く光る線路を見て思いました。
線路の直線と曲線の交わりを見ていると、
人生の中での人との出会いの構図そのものに見えてきます。
人は長い旅路の中で、ほんの一瞬出会い、
だいたいはそのうち、また違う道へと散っていく。
それはすごく当たり前のことです。
しかし、出会った時から、人の足跡は脳裏にしっかりと焼き付いている。
今はそれがすごく愛おしく感じます。
中には、マイナスの出会いもありますが、
そのような出会いの中でも、気付きや学びは必ずあり、
人生の糧となっています。
どんな出会いも無駄ではないと思います。
だから、人ひとりとの出会いはそれだけ重要で、意味深く、
尽くせぬ思いが重なります。

この直線と曲線は長い道のりの中で、
そのうちどこかで交わって、
そしてまた、別れて行くのだな・・と思うと、
少し寂しくなります。

やはり、心がちょっと疲れているせいかもしれません。
見えるものの感じ方が、いつもより感傷的です。
でもそれがまた、いつもと違う景色を見ているようで、
まんざらでもありません。